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INFO:
「ねえ、どうして『写ルンです』買ってくれたの?」旅行最終日の夜、ベッドの上で彼女は聞いた_俺は天井を見つめながら「失敗しても、消せないからかな」と、答えた_「スマホだと、私が撮り直しさせるから?」「うん、いいのにって言っても、聞かないじゃん」俺は寝返りを打って、彼女を見つめた_「私、気づいてるんだからね?」「え? なにを」「いつもスマホの容量重たいのは、私の失敗した写真をぜんぶ残してるからでしょ?」「ああ、バレてた?」「うん、バレバレ」そう言って彼女は、俺の緩んだ口角を人差し指でつついた「どんな私でも、愛してくれるひとなんだなって気づいてた」彼女はそう微笑んで、俺の胸にほほを寄せた_「そっか」俺はそうつぶやいて、彼女の頭を撫でた_「そろそろ寝よっか」俺はそう言って、彼女に布団を被せた_「まだ寝たくない」彼女がそう言って、首を振るから「明日のチェックアウト、早いよ」と俺は、背中を撫でてあげた_「ずっとこうして、旅行していたい」彼女はそう言って、俺の服を掴んだ_「だいじょぶだよ」俺は、そばにあった写ルンですを手に取った_「こうすれば、ほら、夢の中でも旅行してるかも」そう言って、枕の下に写ルンですを寝かせた_「ねえ、壊れるよ?」彼女はほほを膨らませて、俺の目を見つめた_「夢の中でも、会いに行くから」「ぜったいに?」「うん、ぜったい」「待ってるからね?」「うん、待ってて」その夜、ふたりとも同じ夢を見ていた_夢の中で彼女は、両手を広げて待っていた_そこで俺は、彼女にほんとのことを伝えた_『実はさ、2ヶ月前に受けた職場の定期検診で、俺の身体にはがんが見たかった、余命は半年らしい、俺さ、病気がふたりを引き裂く前に、お別れをしておきたくて、笑顔の絶えないふたりだったからこそ、最後は笑ってお別れがしたい、でもさ、ふたりのことだから、きっと泣いてしまうのはわかってる、だから、どうしてもふたりの笑った顔を残しておきたくて「写ルンです」を買った、でもね、現像はまだしてほしくない、いつか、俺との思い出が薄れたときに現像してほしい、こんな日もあったなって、笑ってほしい、だから、写ルンですはどこかに隠しておくね? ごめんね、自分勝手で、最後の最後まで笑わせていたいから、どうか、それだけは許して……』アラームが鳴って、目を開くと、彼女が俺の目を見ていた_彼女はすぐに、俺を抱き締めた_顔を覗き込むと、彼女の目には涙が浮かんでいた_「泣いてるの?」「ううん、わかんない」夢の中で俺は、彼女にほんとのことを伝えた_それが伝わったのか、彼女は涙を流していた_「なぜか、離れていきそうな気がして」彼女はそう言って、俺を強く抱き締めた_チェックアウトまでは、あと1時間だった_「あと30分だけ、こうしててもいい?」俺は最後のわがままを言った_「いいよ、メイクしなくても、いつも可愛いって言ってくれるから」彼女はそう言って、俺の胸にほほを擦り寄せた_それからふたりで目を閉じた_眠ることなく、お互いの心臓の音だけを聴いた_きっと走馬灯に流れる思い出は、こんな日々だらけで、終わることはないんだろうと思った_終わりのない夢の中で、また彼女と待ち合わせをしたい_そう願った_いつまでもこうして、彼女を笑わせていたい_そんな叶わない願いは涙に変えて、枕に落とした_彼女が顔を上げる前に、俺は大きなあくびをした_彼女は顔を上げて、俺の開いたままの口を見て笑った_俺も微笑んで、彼女を強く抱き締めた_「だいすきだよ」別れようなんて、言えるはずがなかった_「私も、だいすきだよ」いまだけは、そんな彼女の笑顔だけを、見ていたかった_